岩本モータース

This is the

NEO JAPANESE.

IWAMOTO'SHISTORY

1927
それは東京都新宿区新宿2丁目新宿御苑新宿門のはす向かい。
1代目 岩本 虎之助が、様々な仕事を経て、四件長屋の脇っちょで、
当時まだ数の少なかった自動車解体業を始めました。

これが岩本モータースのルーツといえます。
1945
一面焼け野原の中で、工場の柱として立てトタンをのせていた
大型米国社のフレームの一部が 熱で曲がりながらも数本残っていたため、同じ場所で再建を果たし、戦中を乗り越えながら、 戦後も昭和30年頃まで営業を続けていました。
1953
虎之助が他界し、残された3人の息子達は一台の壊れたモーターバイクを入手し
修理再生をして販売することを思いつき、解体のモーターバイク数台を程度の良い1代の中古バイクに組み上げたのでした。
全ての原動機付きの乗り物が不足していたこともあり、
兄弟のもくろみは見事に大当たり 数年後には長男は板金塗装工場、次男は自動車修理工場、そして3男はオートバイ販売業「イワモトモータース(有)」を
それぞれ御苑前に軒並び興したのでありました。
1964
3男は後の昭和39年ごろから本格的に到来したモーターリゼーションの波に乗り、
大八車やリアカー付き自転車の時代からオート3輪と軽4輪時代の到来をいち早く
キャッチし、中古自動車販売業へシフトし、
その数年後に大津波のよう押し寄せる空前のマイカーブームへと移る時代をうまく乗りこなしていったのでした。
この3男こそが2代目謳う「岩本 昭雄」であります。
昭和39年3月には三代目「岩本 雄次」(3代目・現代表)が新宿日赤病院にて誕生。
同年6月には東京府中市浅間町府中店を開設したのでありました。
1965~
昭和40年中期には現在の中古車販売商工組合の基礎となった組織作りに参画し、
後に、東京中古車販売商工組合の会長理事長を務めたのでした。

昭和46年に府中市若松町へ営業所移転。
昭和58年にはビル建設着工と同時に
新宿にあった本社を府中へ移転。
小売販売も行っていましたが、全国各地の中古車専業店への
業者件卸売販売を主体としていました。

物心ついたころから、事務所には朝から晩まで地方業者からの電話が鳴り響いていました。
1989
そして、平成元年に3代目ボンボン「岩本 雄二」がマツダオート東京(現マツダアンフィニ関東)にて
6年間の修業を終え24歳で岩本モータースへ呼び戻されることになりました。

オートオークション場の急速な発達と
全国地域価格差がどんどん狭くなってきた時期と重なり
卸売主体より小売主体への転換を図るべく、
四輪駆動専門店へと特化を入社3日後に決断。さらに現在ではより希少性の高い
「JEEP専門店」へと変貌を遂げたのです。
2004~
Webショップとして業態変更し、本社機構を発祥の地新宿2丁目に移転し
在庫車両の保管場所は多摩センターに移しての再スタートを切りました。
「岩本」が自動車業を生業として、早80年余り

生粋の江戸っ子3代目が今日もこのサイトを通じて
全国各地の皆様と出会うことから自動車業界最古の歴史の流れを汲むネバーエンディングストーリーが始まります。
さて、バックの写真は3代目ボンボン雄二4歳時の未来予想図。

当時大変お世話になったお手伝いさんの「高橋くらよ」とのツーショットです。
後ろ姿は妹ですが、周りには国産・外車取り混ぜて9台のブリキの車そして横にはオモチャの台ある式電話機。。
三つ子の魂なんとやらでありまして、いまだに携帯電話にぎりしめて自動車業界に囲まれて春夏冬・商い懲りない・良き出逢いと、素敵な思い出づくりに
役立つ自動車をお届けするために今日も明日も

「ありがとうございます!岩本モータースです・・」

岩本の歴史を最後までご愛読いただきましありがとうございました。
感謝&ありがとう!

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ACCESSMAP

岩本モータース

03-3341-1190

10:00~20:00 (年中無休)

東京都新宿区新宿2-2-1
ビューシティー新宿御苑1202

東京メトロ丸ノ内線「新宿御苑前駅」より
徒歩3分です。

新宿御苑新宿門近くとなります。